no feeling

 ありのままなる浮世を見ず、鏡に写る浮世のみを見るシャロットの女は高き台(うてな)の中に只一人住む。活(い)ける世を鏡の裡(うち)にのみ知る者に、面(おもて)を合わす友のあるべき由なし。
 春恋し、春恋しと囀(さえ)ずる鳥の数々に、耳側(そばだ)てて木(こ)の葉(は)隠れの翼の色を見んと思えば、窓に向わずして壁に切り込む鏡に向う。鮮(あざ)やかに写る羽の色に日の色さえもそのままである。
 シャロットの野に麦刈る男、麦打つ女の歌にやあらん、谷を渡り水を渡りて、幽(かす)かなる音の高き台に他界の声の如く糸と細りて響く時、シャロットの女は傾けたる耳を掩(おお)うてまた鏡に向う。河のあなたに烟(けぶ)る柳の、果ては空とも野とも覚束(おぼつか)なき間より洩(も)れ出(い)づる悲しき調(しらべ)と思えばなるべし。

 社会はただ新聞紙の記事を信じている。新聞紙はただ学士会院の所置(しょち)を信じている。学士会院は固(もと)より己(おの)れを信じているのだろう。余といえども木村項の名誉ある発見たるを疑うものではない。けれども学士会院がその発見者に比較的の位置を与える工夫(くふう)を講じないで、徒(いたず)らに表彰の儀式を祭典の如く見せしむるため被賞者に絶対の優越権を与えるかの如き挙に出でたのは、思慮の周密(しゅうみつ)と弁別(べんべつ)の細緻(さいち)を標榜(ひょうぼう)する学者の所置としては、余の提供にかかる不公平の非難を甘んじて受ける資格があると思う。

 その時の私は屈托(くったく)がないというよりむしろ無聊(ぶりょう)に苦しんでいた。それで翌日(あくるひ)もまた先生に会った時刻を見計らって、わざわざ掛茶屋(かけぢゃや)まで出かけてみた。すると西洋人は来ないで先生一人麦藁帽(むぎわらぼう)を被(かぶ)ってやって来た。先生は眼鏡(めがね)をとって台の上に置いて、すぐ手拭(てぬぐい)で頭を包んで、すたすた浜を下りて行った。先生が昨日(きのう)のように騒がしい浴客(よくかく)の中を通り抜けて、一人で泳ぎ出した時、私は急にその後(あと)が追い掛けたくなった。

この講堂にかくまでつめかけられた人数の景況から推(お)すと堺と云う所はけっして吝(けち)な所ではない、偉(えら)い所に違いない。市中があれほどヒッソリしているにかかわらず、時間が来さえすればこれほど多数の聴衆がお集まりになるのは偉い、よほど講演趣味の発達した所だろうと思われる。私もせっかく東京からわざわざ出て来たものでありますから、なろうことならば講演趣味の最も発達した堺のような所で、一度でも講演をすれば誠に心持がよい。だから諸君もその志(こころざし)を諒(りょう)として、終(しま)いまで静粛にお聴きにならんことを希望します。このくらいにしてここに張り出した「中味(なかみ)と形式」という題にでも移りますかな。